干拓地が生んだ美味
有明海といえば広大な干拓。その干拓を約400年前から少しずつ埋め立てて作られたのが現在の佐賀県白石平野。福富はこの白石平野の一角にあり、いわば干拓で作られた町です。
現在、白石平野には近代的な灌漑排水システムが整備され、米をはじめとするさまざまな農産物が作られています。しかし、昔の白石平野には満足な排水路設備が無く米作には不向きな湿田地帯でした。
現在、佐賀を代表する農産物のひとつになっている福富特産の蓮根は、こうした悪条件の下、大正時代に一人の農民によって栽培されたのが始まりです。 |
湿田を変えた 大正11年のひらめき
福富で始めて蓮根栽培に取り組んだのは、小野市次。彼は身体の障害もあり農業以外にも仕事を見つけようと毎日新聞の求人欄に目を通していました。
そんなある日、彼の目に止まったのが「蓮根栽培」の新聞記事。もともと水はけの悪い田んぼで米を作っていた彼は、同じ水田で栽培される蓮根に興味を抱き、さっそく栽培方法を研究。そして、大正11年(1922年)に当時の産業組合を通じて福岡県甘木町の農家から「備中」という種子蓮根約120kgを購入。
約13アールの水田に蓮根を植え、その年の冬に見事な蓮根を収穫。長崎の市場に小野蓮根の名前で初出荷。高値で取引されたことから自信を持った彼は、農家の副業として湿田での蓮根栽培を村内に呼びかけました。 |
豊かな大地 本物のおいしさ
その後、村内で蓮根栽培をする農家が増え、大正15年(1926年)には全村で栽培面積が10ヘクタールまで拡がり、次第に白石平野全域へと拡大。
名称も「小野蓮根」から「福富蓮根」へと変わり、昭和23年(1948年)に農林大臣表彰を受賞。蓮根産地としての指定を受け、現在は「福富れんこん」の名称で出荷されています。
たった一人の農民が始めた福富の蓮根栽培。現在生産量は全国5位、品質は全国一と評価されています。
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